☆義太夫☆, 鑑賞レポ

こんばんわっなぎです。

土曜日は義太夫教室のあと、池袋で脱毛サロンに行って、三味線持ったまま新橋に移動して、教室の義太夫のお師匠さんのひとり、竹本土佐恵師匠の公演に行ってきました

雨が降る中、三味線とか荷物持っての移動はちょっと億劫だなと思ってたけど、新橋駅から地下道で行けたので楽チンでした。地下道から内幸町ホールの入り口に入ると、会場してすぐの時間に到着したら、すでにかなり賑わってました。

さすがです。ファンの方多いんだろうなぁ

なぎは稽古のときの土佐恵師匠のお手本聴いてると引き込まれたり

ぞくぞくすることがあります。

これでもかこれでもか~伽羅先代萩

お人柄も明るくて品があってとっても大好きです^^

土佐恵師匠のプロフィールを見ると、

平成12年に 重要無形文化財義太夫節総合指定保持者認定
平成29年4月 旭日双光賞受賞(→wiki)

とあり、義太夫のほかにも、一弦琴、胡弓、琴、長唄の演奏も手がけ、日本舞踊・長唄の名手でもあると書かれてます

Σ(・ω・ノ)ノ!!すげーー

義太夫教室に行ってると、こうゆう方々から直にいろんなことを教えてもらえるのって本当に貴重だなぁと改めて思います。

いよいよ開演~。
まずは御茶ノ水大学教授の神田由築さんという方から、解説が始まりました。

歴史はテスト勉強のための勉強しかしてこなくて^^;歴史にはめちゃくちゃ疎くて、わからない言葉もあったので、自分なりに聞いて覚えてる内容をまとめてみます

『花雲佐倉曙』背景・あらすじ

作者と初演年

嘉永4年(1851年)江戸中村座にて歌舞伎「東山桜荘子(ひがしやまさくらそうし)」が上演されて、その人気を受けて、大阪で歌舞伎、人形浄瑠璃として上演されたそうです。

作者は三代目瀬川如皐作(パンフレットより)

登場人物

佐倉惣五郎(さくらそうごろう)
江戸時代前期の下総国佐倉藩領の義民※として知られる人物。下総国印旛郡公津村(現在の千葉県成田市台方)の名主※

※義民・・・年貢の重圧による生活の困窮を領主、幕府に直訴した人物のこと。百姓一揆などの指導者。直訴は死罪とされていたが、民衆からは義民として賞賛され、のちに伝承されて、鎮魂のための顕彰碑などが建立されたりもした 

※名主・・村役人

先祖は平家の落人で、肥後の生まれだったが、村で一揆が起こって、罪を背負って村から追放され、母方の叔父の迎然(こうぜん)和尚を頼って下総に来て、名主の家に入り婿になった。

星田上惣之助(ほしだかずさのすけ)
堀田正信にあたる。佐倉藩(現在の千葉県佐倉市・成田市)の藩主。江戸に参勤交代中

杉山禅生(すぎやまだんじょう)
佐倉藩家老。お家乗っ取り企てる悪人で、星田上惣之助が江戸に参勤交代して留守の間に暴政して倍の年貢を課して村人を苦しめる

足利元氏(あしかがもとうじ)
将軍徳川家綱にあたる。芝居上では設定を一部室町時代に置き換えてる。解説で、幕府を憚ってか。。と言ってたように思います。

惣平 惣吉 喜八郎 三之助
惣五郎の息子たち。

おさん
惣五郎の嫁。江戸に参勤交代中の藩主星田上惣之助に直訴に行った惣五郎を子供と一緒に待ち続けている。

あらすじ

佐倉藩藩主、星田上惣之助が江戸に参勤交代へ行って留守の間に、お家乗っ取りを企てる佐倉藩家老杉山弾生が悪政を行い、困窮した百姓たちが一揆を企てます。

そこに現れた惣五郎が、まずは江戸に行ってる藩主にお願いしに行ってみようと提案し、これを収め、江戸へ向かいます

惣五郎たちは江戸まで行って藩主の星田上惣之助に直接訴えますが、遊興にふけって聞く耳もってくれず、仕方なく将軍に直訴することを決断します

直訴は死罪です。

決断したものの、嫁や子供のことを思い、直訴の前に妻子に会うために、江戸から佐倉まで約120キロの距離を戻ってきます。

「惣五郎住家の段」は、何の音沙汰もないまま数か月待ち焦がれてる妻子の元に突然
戻ってきた惣五郎が、将軍に直訴する決意をしたことを告げ、また出発するところまでの、夫婦・親子の別れが描かれたお話です。

音沙汰ないままの夫を待ち焦がれてたことを嘆き、恨みをぶつけるおさんに、直訴の罪の影響を避けるために、夫婦・親子の縁を切ろうと持ち掛けますが、おさんは承知せず、離縁状を引き裂きます。無邪気に父親の帰りを喜ぶ末っ子の様子に涙をこらえる様、父が多くの人を救い賞賛されるためにまた江戸に行くと語るも、もう会えないんじゃないかと子供ながらに察する様子など、最初から最後まで登場人物たちの感情のうねりがすごいです。惣五郎の旅立ちを妻子が泣きながら見送って、居ても立ってもいられなくなったおさんが夫を見届けようと惣五郎の跡を追って駆け出すところで終わります。

この後、惣五郎は将軍に直訴し、領民は救われますが、惣五郎ははりつけになり、4人の子供たちは打ち首になり
(。´Д⊂) なんてこったい

更に、怨霊となった惣五郎が堀田家を苦しめ、家老杉山弾生が切腹し、堀田家は惣五郎を神に祭ることを決意して終わるそうです。

感想

なぎは全然知らない作品だったので、解説を耳かっぽじってメモとりながら聞いてましたが、このお芝居は話自体はシンプルで登場人物の関係性も複雑ではなく、全体を通して主に夫婦・親子の別れの感情のうねりが描かれてるので、とても分かりやすかったし、入りやすかったです

なぎはまだいろいろ知らないことだらけで、人形浄瑠璃って上方の芸能で、舞台も関西文化圏がほとんどだと思ってたけど、歌舞伎で上演されてから人形浄瑠璃に取り入れられたお話だと、そうとも限らないんだなと思って新鮮でした。

この時代は理不尽な目にあってなお、世の中をよくするために立ち上がるのは命がけ。そしてそんな男気を涙ながらに健気に受け入れて(受け入れてはないんだろうけど)見送る妻。つらいのう。。。

大切な人が死ぬと分かって送り出さないといけない。
もっと緩く生きればいいのに~なんて思うけど、やっぱり男の人のこうゆう信念ってかっこいいなって思ったりもする^^

このお話は言葉の描写もすごく印象的なものが多くて、夫婦や子供たちの様子、情景が思い浮かびました。

何より、土佐恵師匠の語りの技術や表現力はやっぱりすごかったです。
全体を通してすごかったのですが

なぎが特に印象に残ってるところは

長男の惣平に、父が人々に笑われるのが嬉しいか、褒められるのが嬉しいかと聞いて、誉めらるのが嬉しゅうございますと答えた惣五郎に、多くの人のために江戸の殿様にお願いしに行くから、待っているように言って、門出の盃を交わすところで

惣平が手に受けながらしくしくと涙ぐんで、
それを見た惣五郎が

「ヤァ門出のを祝ふ盃を、何が不足でそのほえづら、不吉千萬窘め」

と言います。それに対して惣平がおろおろ声で

「お父様のお盃、有難うはござりますれどな、江戸とやらへお越しなされた、何時お戻りなされうやら。萬一と是がお別れのお盃にならうかと、それが悲しい悲しい」

と答えます。それを聞いた惣五郎の決意が一瞬揺らぎますが、
涙を隠して、心配するなって笑います

その笑うところの表現がもうすごかったです。
ハハハハハ。。。って割と長く笑ってるのですが、すごく悲しいんです。

もう一回聴きたいw

最後の惣五郎が出発して見送るところも、雪が降る中、惣五郎の姿が見えなくなるまで見送っていく情景、子供たちも縋り付いて泣くところは、心がぎゅーって切なくなりました。

鶴澤駒清さんの三味線も本当に感情豊かで

本当にもう一回聴きたい~~~

解説用の資料には、おさん、惣五郎と子供たちを描いた浮世絵が掲載されてて、その絵だけを見ると幸せな家族団欒の絵っぽいけど、それぞれの心情を思うと切ない絵だなと思います

子供のときは、父親ってヒーローですよね

なぎも子供のときは毎日父親の帰りが待ち遠しくて、父親が玄関から上がってくると、走っていってまず父親に登ってましたw

父親の腕で逆上がりみたいなことしてました。

虫や魚の捕り方を教わったり、なぎが祭りの金魚すくいでアホほど取ってきた金魚のために、でかい水槽買うてきて育ててくれたこと…

お父さんは何でも知ってて、なんでもできる。

出張で父親がいない夜はなんか落ち着かなくて、出張先からの父親の電話に、弟と受話器を奪い合いました。

そんなことを、この子供らの様子に重ねて思い出しました。

この後の話で、ヒーローになって人々から誉め称えられる、だけどそんな尊敬する父親とともに処刑される子供たち、おさんの心情がどんなふうに描かれてるのか、機会があったらぜひ観てみたいです。

土佐恵師匠は毎年この竹本土佐恵の会を開催されてて、この催しでは、上演されることが少ない演目を取り上げて上演されてるそうです。

隠れた名作みたいな。どの分野でもたくさんあるんだろな。

毎年毎年がとても貴重な機会ってことですね。
浄瑠璃、義太夫好きな方はぜひ来年(≧∇≦)

加筆したいことあるけど眠いのでいったん今日はここまで。
調べながら書くの結構時間かかるけど、今回からただの日記帳から、読んだ人にもっと伝わりやすいように工夫してみました。これからも鑑賞したら記録残していこうと思います。

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